巻頭言

「韓国併合」100周年の年に思うこと 

               森 山 浩 二

2010年も早いもので、後一カ月足らずで終わろうとしている。今夏の猛暑が過ぎ去った出来事になったと同じように、今年がどんな年であったかもほとんどの日本人には記憶に留まらないであろう。しかし、『友和』誌の読者の方々は忘れることはないでしょう。今年は、1910年8月、「韓国併合」条約によって、わが国が朝鮮半島を植民地支配してから100周年の年である。

 韓国では8月29日を「国恥の日」と呼んで、新聞・雑誌・TXなどマスコミは様々な特集を組んで報道していたし、各種団体が集会など行っていた。わが国においても『世界』や『福音と世界』などの一部雑誌や、朝日・毎日・読売も特集を組んではいたが、社説で取り上げたのは読売新聞だけであった。8月10日の菅直人首相の談話は1995年の村山談話より一歩踏み込んだものではあったが、本質的な点には触れられておらず、政府として、言葉だけではなくこれからの行動が求められている。特に、韓国側が一貫して主張している韓国併合条約を「無効」と見るかどうかについては、両国政府の見解は真っ向から対立して並行線である。しかし、海野福寿『韓国併合』(岩波新書)などを読んで「併合」までの過程を知れば、まず道義的問題として、政府も私たち国民一人一人も考えなければならないだろう。

  他方、8月22日は東京で、25日から29日まではソウルで、韓国併合100年を巡る日韓市民共同宣言大会が開かれたし、すでに5月、「韓国併合に至る過程が不義不当であると同時に、韓国併合条約も不義不当である」という日韓知識人共同声明も出されるなど、市民レベルでの歴史の共有は少しずつではあるが進んでいる。しかし、全体的に見て、日韓両国民の関心の落差は非常に大きいと言わざるを得ない。

 私はこの記念すべき8月29日から31日までソウルに行って来た。その目的の一つは、直接行って韓国ではどのような様子であるかを知り、何人かの親しい友人たちに「韓国併合」について話を聞くためであった。牧師や伝道者、韓国キリスト教や日本文学を研究する大学教授などキリスト者知識人がほとんどであったが、彼らは異口同音に、強制的に結ばされた「韓国併合」条約の無効を日本政府が認めて謝罪し、従軍慰安婦などへの補償をすべきであること、独島(竹島)を韓国領土として認めることを主張した。この点に関しては、全員一致しているのである。私自身、1970年代初めに韓国に留学して韓国史を学び、関わり続けて40年近くなるが、国を奪われ植民地支配を受けた韓国人の思いと痛みを理解することができていないこと、歴史認識の溝の深さを痛切に思い知らされたのである。そもそも、植民地化した側とされた側が、国家として個人として歴史認識に於いてどこまで一致あるいは共有できるのか。このような状況をいかに克服できるのか、また、何が私たちに求められているのか。特に、同じ主を信じ国籍を天に持つ者として、日韓のキリスト者は、国家やナショナリズムを超えて平和的な関係は築けないものであろうか。

 ソウル滞在中ある方から、1964年、日韓の国交が開かれる直前、「日韓条約」反対の嵐が渦巻く時期、日本友和会の元理事長で無教会の伝道者であった政池仁先生が韓国を訪問し、「日帝36年」の植民地支配を謝罪されたら、それに対して、韓国無教会の伝道者であった宋斗用先生が、「こちらこそ植民地支配をさせてしまってすみません」と謝られたというエピソードを聞いた。私たちが目指すべき日韓関係におけるありかたへの深い示唆が込められているように思う。